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東京高等裁判所 昭和28年(ネ)604号 判決 1955年4月25日

控訴人(原告) 田多井四郎治

被控訴人(被告) 神奈川県知事

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。昭和二六年三月二三日神奈川県農地委員会がした、控訴人の昭和二五年一二月一一日附訴願を棄却する旨の裁決を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、左記の外は、原判決の事実に記載するところと同一であるから、これを引用する。

控訴人は、「控訴人は本件買収計画樹立当時本件土地の所在地である川崎市登戸新町に居住していたから、控訴人をいわゆる不在地主としてした本件買収計画は違法である。」と述べ、被控訴代理人は右事実を否認すると述べた。

当事者双方の立証及びその認否は、左記の外は、原判決の事実に記載するところと同一であるから、これを引用する。

(立証省略)

理由

川崎市稲田地区農地委員会が昭和二五年一一月一九日、控訴人所有にかかる川崎市登戸新町一〇六番及び一〇七番の二筆の土地(以下本件土地という)につき自作農創設特別措置法(以下自創法という)第三条第一項第一号に基いて買収計画を定めたこと、控訴人がこれに対し同年一一月二四日異議を申し立て、同年一二月一日右異議が却下されたので、更に同月一一日神奈川県農地委員会に訴願を提起したところ、同委員会が昭和二六年三月二三日右訴願を棄却するとの裁決をしたことは、当事者間に争がない。

控訴人は、本件買収計画は違法であり、従つて神奈川県農地委員会がした裁決も又違法であるから、その取消を求めると主張するので、本件買収計画を違法とする控訴人主張の理由について順次その当否を判断する。

(一)  (本件土地は農地でなく、又小作地でないとの主張について)

本件土地が昭和二四年八月登戸土地区劃整理組合による土地区劃整理のため換地処分を受け、それまで土地台帳の上で農地であつたものが宅地に地目変更されたこと、本件土地の現況が耕作地であつて、手塚福次郎及び手塚与助の両名がこれを耕作していることは、当事者間に争がない。自創法上農地とは、現況が耕作地であるものをいうのであるから、本件土地が農地と認められることはいうまでもなく、土地台帳上の地目が宅地であることは右認定になんらの影響を及ぼさない。

当審証人小泉貞治の証言(第二回)によりその成立を認める乙第六号証並びに原審及び当審(第二回)証人小泉貞治、原審証人手塚福次郎、同手塚与助の証言を総合すると、手塚両名は昭和二〇年頃、控訴人からそれぞれ本件土地の半分宛を、賃料として毎年借地面積の四分の一から上る耕作物を現物で納めること、控訴人において本件土地を宅地として使用するにいたる場合には、その請求あり次第明け渡すという約定で、期間の定めなく賃借し、爾来本件地上に耕作の業務を営んできたことが認められる。(右認定に反する当審証人井上泰文及び同小泉貞治(第一回)の証言は信用しない。)控訴人は、換地処分により本件土地の所有権を原始的に取得したから、本件土地に対する手塚両名の賃借権は当然消滅したと主張するが、換地は、換地処分認可の告示の日から法律上従前の土地とみなされるのである。(耕地整理法第一七条第一項)(本件土地の換地処分は土地区劃整理のため行われたものであるが、都市計画法第一二条第二項によると、土地区劃整理に関しては、原則として耕地整理法が準用される。)すなわち、従前の土地の上に存した賃借権、地上権、永小作権、抵当権等すべての権利義務が原則として、同一の内容を以て換地につき存続することとなるのである。故に、控訴人が本件土地を換地処分により取得しても、換地処分前の本件土地の上に存した手塚両名の賃借権はなんら消滅することなく、換地処分後の本件土地の上になお存続するものといわなければならない。

従つて、本件土地は買収計画樹立当時、手塚両名が賃借権に基いて耕作の業務の目的に供していた農地、すなわち小作地であつたことが明らかである。

(二)  (控訴人は不在地主でないとの主張について)

控訴人は、本件買収計画樹立当時川崎市登戸新町に居住していたと主張するが、甲第七号証のみでは、右事実を認めることが困難であり、他にこれを認め得べき証拠もない。むしろ、成立に争のない乙第三号証、第四号証の一乃至四、甲第一号証の一乃至三、第五号証の四及び第六号証を総合すると、本件買収計画樹立当時控訴人は山梨県東山梨郡塩山町一、〇八七番地に住所を有し、本件土地の所在する川崎市登戸地区内に住所を有しなかつたことが窺われる。故に、控訴人がいわゆる不在地主でないとの控訴人の主張は理由がない。

(三)  (本件買収対価は憲法第二九条第三項の正当な補償にあたらないとの主張について)

本件の買収対価四九六円(一坪につき三円〇六銭余)が、自創法第六条第三項所定の対価基準に基いて定められたものであることは、当事者間に争がない。しかして、右対価基準は、耕作者が土地を所有することによつて得る収益を、米の公定価格を計算の基礎として、元本に還元して算出された自作収益価格によつたものであつて、自創法成立までにすでに農地の自由処分が制限されていたこと、小作料は金納であつて一定の額に据え置かれていたこと、右対価基準の定められた以後における諸物価主として生産費の値上りは、生産と直接関係のない地主の所有する農地そのものの価格には直ちに影響を及ぼすものでないことなどを考え合わせるときは、右対価基準は、憲法第二九条第三項の正当な補償にあたると解すべきである。(最高裁判所昭和二五年(オ)第九八号昭和二八年一二月二三日大法廷判決参照)従つて、この対価基準に基いて定められた本件の買収対価が右法条の正当な補償にあたらないとする控訴人の主張は理由がない。

(四)  (稲田地区農地委員会の構成が憲法第一四条第一項に違反するとの主張について)

本件買収計画樹立当時の川崎市稲田地区農地委員会が、昭和二四年六月二〇日法律第二一五号による改正後の農地調整法第一五条の二第三、第一一項及び第一七条の二第四項により、いわゆる地主的階層から選挙された委員二人、小作的階層から選挙された委員二人、自作的階層から選挙された委員六人をもつて組織されていたこと、それ以前の農地委員会は、右法律による改正前の農地調整法第一五条の二第三、第六項及び第一七条の二第四項により、小作的階層から選挙された委員五人、地主的階層から選挙された委員三人、自作的階層から選挙された委員二人をもつて組織されていたが、それが前記のように改正されたのは、自創法の施行による農地改革の急速な進展に伴い、従来小作的階層に属した者が自作的階層に属することとなり(その結果自作的階層に属する者は農地関係者全体の約九割を占めるにいたつたといわれる。)、小作、地主及び自作的各階層の区分に大きな変動を生じたためであること、従つて改正後の農地調整法による農地委員会の委員の大多数が農地改革前の小作的階層から選挙され得ることとなつたことは、控訴人のいうとおりである。しかしながら自作的階層から選挙された委員が、従前小作的階層に属したが故に、常に小作的階層の利益に傾くものとは、必しも断定することができない。自作的階層から選挙される委員は、耕作者としては小作的階層と共通の利害をもち、土地所有者としては地主的階層と共通の利害をもつため、両者の中間的立場にある者と期待されるから、改正後の農地調整法による農地委員会には、前記のような構成が採用されたものと考えられるのであつて、このような農地委員会の構成を以て、地主的階層が不利に差別的対遇を受けるものと速断すべき根拠はない。加うるに本件買収計画樹立当時の稲田地区農地委員会の構成が前記のようであることからして、控訴人が特にいかなる不公平な不利益を受けたのか一こうに判らない。すなわち、本件買収計画が、稲田地区農地委員会の構成如何によつて、影響されたことを認めるに足りる資料はないから、同委員会の構成の問題を論難しても意味はない。故に、稲田地区農地委員会の定めた本件買収計画が、当時の同委員会の構成上からいつて、憲法第一四条第一項に違反するものとする控訴人の主張は理由がない。

(五)  (不在地主である故にその小作地を買収することは憲法第一四条第一項に違反するとの主張について)

自創法第三条第一、二項によると、自己の住所のある市町村の区域外に小作地を所有する者(不在地主)は、小作地を全部買収されるのに対し、右区域内に小作地を所有する者(在村地主)は、平均一町歩(北海道は四町歩)まで、又一町歩以下の小作地でも、その所有する自作地と合計して平均三町歩(北海道は一二町歩)を超えるときは、それらを合計して平均三町歩(北海道は一二町歩)となるまで、小作地の買収を免れるものとされ、同じ地主でありながら、在村するか否かによつて、その所有する小作地の買収について差別されることは、控訴人のいうとおりである。しかしながら、憲法第一四条は、あらゆる場合、あらゆる点で国民全部が絶対に平等であることを要求するものでなく、平等の要請そのものの中におのずから合理的な制限を当然含んでいるのであつて、その制限がどの程度まで認められるかは、その差別が合理的なものであるか否かによる外はない。しかるところ、農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進を図るため、小作農を急速且つ広汎に自作農化することは、公共の福祉を増進する所以であり、そのためには原則として小作地はすべてこれを買収しなければならないが、ただ我が国の如き自家労力を基礎とする小規模の営農形態では、将来農家の労力の変動などで経営面積の拡大又は縮少が必要となつたときの操作用に要する面積の小作地だけは、買収から除外し、これをそのまま小作地として残す必要がある。しかし、この場合においても、在村しない地主は、その所有する小作地について、単に小作料を収得するのみで、少しも農業生産力の増進及び農村経済の発展に寄与し得ないのであるから、このような地主の所有する小作地を残す必要はなく、在村地主の所有する小作地についてのみ、右の目的を達する限度において買収から除外すれば足りるものとして、自創法第三条第一、二項の如き規定が設けられたものと解せられる。故に、控訴人が、在村するか否かによつて、その所有する小作地の買収について差別されても、それが直ちに憲法第一四条第一項に違反するものとはいえない。

(六)  (本件買収対価が売渡対価と同額であることは憲法第一四条第一項に違反するとの主張について)

地主から買収された農地は、自作農創設のため小作農に売り渡されるのであるが、(自創法第一六条第一項)、その売渡対価については、農地調整法第六条の二乃至四による統制価格が適用され、それは原則として買収対価と同額となることは、控訴人のいうとおりである。しかしながら、農地の買収対価が正当な補償にあたること前記のとおりである以上、それが売渡対価と同額であるからといつて、地主の損失において小作農が利得するものとも、又小作農に比し地主が不利益を蒙るものともいえない。農地を買収された地主は正当な補償を受け、その農地は国の所有となつたのである。国がそれをいかなる価格を以て処分しようと、それによつて地主の利益が害されるわけはない。国から農地の売渡を受けた小作人が利得したと不服をとなえるのは、筋の通らない主張である。故に控訴人が地主であることにより、本件の農地買収という経済的関係において、小作農と不平等な取扱を受けるものとする控訴人の主張は理由がない。

以上の次第で、本件買収計画を違法とすべき根拠がなく、従つて神奈川県農地委員会の本件裁決も又違法でないから、控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきである。よつて、これと同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 角村克己 菊池庚子三 吉田豊)

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